PAR AVION ~from Australia

オーストラリア・シドニーから日々感じた事

シドニーに戻りました

長くブログを休んでいました。ブログを読んでくれているシドニーのお友達や、日本に住むお友達から、「タスマニアの暮らしはどうですか?」ってメッセージを頂いて、ブログで報告しなければ、と思ってはいたのですが、バタバタしていて報告が遅れました。

 

4月にタスマニアからシドニーにまた戻って来ました。私はタスマニアから日本に行って1ヶ月近く母の住む実家で過ごしてからシドニーに戻り、夫はタスマニアからオカメインコのくーちゃんと身の回りの物を車に乗せて、3日かけてタスマニアからシドニーに一人で運転して戻って来ました。

家を売ってタスマニアに引っ越してしまったので、戻る家がなくなってしまったのが一番の問題点で、本当にシドニーに戻るのは大変でした。前に住んでいた家の同じストリートにあるユニットを借りて住み始めています。海からも近く、慣れ親しんだ場所なので戻れて嬉しいのですが、借りたユニットは多少問題ありです。しばらくは仕方がないですが。。。 希望の場所に借りられただけラッキーだよ!って言われるので、それだけ今のシドニーは賃貸物件が不足していて、貸してもらえるだけありがたいって状況のようです。

さっそく毎週末シドニーのお友達とウォーキングに出かけています。タスマニアに引っ越す前に勤めていた同じ職場に戻ることが出来て、先月からまた働き始めました。半年間辞めていた事を忘れるくらい、すぐに同じ仕事に戻れてありがたい事です。皆さん暖かく迎えてくれまた。

 

引っ越したのが昨年の10月末で、11月12月は新しい暮らしに慣れようと必死で、12月からはホバートCityにあるセレクトショップで働き出し、タスマニア日本人会にも参加して、私なりにホバートに馴染もうと努力していました。アワビ漁に連れて行ってもらったり、ロンセストンに住むお友達がホバートに遊びに来てくれたり、私たちがロンセストンに泊まりに行かせて頂いたり。短い間でしたが、楽しい思い出も出来ました。

 

1月の中旬にシドニーから娘が遊びに来てくれて5日間で帰ってしまったあと、ものすごく寂しさがこみ上げてきたのです。娘と滅多に会えない辛さと、シドニーに置いてきた大事な友達が恋しくなって。ホバートには友達と呼べる人はすぐには出来そうになく、孤独を感じる事が多くなりました。

シドニーで働いていた時の上司とタスマニアに行ってからも連絡を取り合っていて、タスマニアでの職場の人達もとても良い人たちだけど、シドニーでの仕事が好きだったし戻りたいと思うようになり、思い切って聞いてみたら、もちろん仕事に戻ってくれるなら大歓迎だよ!って言ってくれたのです。自分たちは大きな間違いをしてタスマニアに引っ越したと後悔し始めたら、本当に苦しくなってしまって。そこからタスマニアで暮らして行く自信がどんどん無くなって行ったのです。

 

シドニーに戻りたいと思っても、タスマニアへの引っ越しは本当に大変だったし、海を渡っての引っ越しだったので、それこそ海外引っ越しと同じくらいの大変さと日数と金額でした。それをまた半年でリバースするなんて。。。人生で一番くらい大変な作業でしたよ。最後はタスマニアに夫が一人残ってくれて、家具や電化製品をほとんど処分して、必要最小限に減らした荷物をタスマニアから引越し屋に渡してくれて、夫はまた海を渡って車でシドニーまで一人で運転して来てくれた事に感謝しています。

 

半年ぶりのフレッシュウォーターは、やはり美しくて素晴らしい場所です。でもシドニーは人や車が半年でさらに増えていて、物価高騰はいろんな物に見えるので怖いですね。タスマニアがシドニーより色々安かったわけではないけれど。

それでもやはりここは、帰って来れて心から嬉しい場所なんだと再認識しました。

また随分と遠回りしてしまったけれど。

 

どうしてこう間違いを繰り返してしまうんだろう。。。って自分でも情けなくなるけれど、真っ直ぐの道を普通に歩く事が出来ない性分なのかもしれません。

 

と言うわけで、これからまた私のブログはシドニーからお届けいたします。